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バレンタインデー用翻訳書

若くして難民研究の権威となったAlexander Bettsオックスフォード大学教授と開発経済の大家 Paul Collier同大学教授が書いたこの本を、若手研究者や大学院生、4人の監修の先生たちと翻訳している。明石書店から出版予定で、今は初校に手を入れているところ。

シリア難民危機の後の2017年に書かれたれたもので、翻訳は僕のせいで遅れに遅れているが、その後、ロヒンギャ難民、アフガン避難民、ウクライナ避難民など、紛争や戦争を逃れて数百万人が国を逃れ、解決の見通しが立たない中で、この本の主張は全く色あせない。

「迫害」を基盤に置いた1951年難民条約体制の行き詰まりを指摘し、大規模難民という現代的な課題に対する解決として、90%の難民がいる紛争周辺国での就労や教育機会の提供を通した経済開発を示すこの本の主張は、日本では受け入れられ易いだろう。

この本に対しては「難民を締め出して途上国に張り付けておくものだ」といった批判もあるが、欧米諸国の多くが実際にそのような政策を採っている現実がある。本書の主張は、論争を呼ぶものの、国連の「難民グローバルコンパクト」の方向性とも軌を一にする面もある。

本書を通して、難民の保護には「心と頭」、つまり難民を救いたいという心情と政策の帰結を予想する理性の両者が必要であることが説かれ、「頭なき心」と「心なき頭」の危険性が実例をもって示されている。

「頭なき心」の失敗の典型として挙げられているのが、2015年のドイツはメルケル首相のシリア人など難民・移民への国境開放の決定。彼女の人道的決定は世界の賞賛を浴びたが、国境解放政策はシリア難民だけでなく、バルカン諸国からの経済的移民の流入を招き、反移民難民政党の力を強め、結果的には難民移民の欧州からの締め出し、さらに強制送還につながった。ブレグジットやトランプ勝利の遠因ともなった。「受け入れ」の意図が、「締め出し」の結果に終わったのだ。

いちばん面白いのが第4章の「救済の義務」。なぜ難民を助けるべきなのか、どこで助けるのが良いのか、だれ(どの国)がどのように助けるべきなのか、といった政治哲学的な議論が国際的な視点で紹介される。

応用問題

① ウクライナ避難民と他の難民・避難民の処遇に「差別」があるという批判がある。「差別」をなくすために、ウクライナ避難民対する「優遇」は止めるべきだろうか? ② またはミャンマーやアフガニスタンからの難民や避難民(去年は約11000人)に対して、ウクライナ避難民並みの「優遇」を与えるべきだろうか?その費用は政府が出すべきだろうか? ③ 100万人以上のロヒンギャ難民がミャンマー国軍の激しい迫害を逃れてバングラデシュに避難し、キャンプでかろうじて生きている。人道的見地から、日本政府は彼ら•彼女らも飛行機で数千人を受け入れるべきだろうか? ④ それはキャンプに残された難民との間に大きな「格差」を生むことになるが、それは正当化できるだろうか? ⑤ 日本政府は毎年国外の難民支援に数百億円を拠出しているが、それは国内の貧困家庭の支援に使うべきではないだろうか?

などなど。

大学や大学院のゼミで使えば、学生や院生は興奮して夜なべをしても議論する(かも)。それは日本における難民を巡るローカルな議論を「国際基準」に引き上げることにつながる(かも)。

恐らく4月ごろ出版されるので、一冊とは言わず数冊買ってほしい。ちょっと遅いけどバレンタインデーの贈り物にもなる(かも)。

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