入管法の改正案が再び国会に出されるが、一つの論点は国外退去処分に応じない3200人ほどのいわゆる「送還忌避者」の取り扱い。現行入管法上では難民認定手続き中は送還が一律で停止されることに加え、送還忌避者の受け取りを拒否する国があり、入管庁の頭痛の種になっている。
やや極端な例だが、不法残留中に薬物関係で懲役12年の実刑判決を受けたものの、受刑中に難民認定申請をし、刑務所出所後に入管施設に収容され今は仮放免中といった外国人を、「送還停止効」のため送還できない例がある。薬物関係で懲役8年の実刑判決を受け、刑務所出所後の入管施設に収容中に難民申請し、仮放免されたものの再び薬物関係で懲役5年半の実刑判決を受けて受刑中といった例もあるが、この場合も難民認定申請中のため送還は停止されている。難民申請は何度でも繰り返すことができ、かつ申請中は送還されない現行法の定めがこのような事例を招く。
「送還忌避者」約3200人のうち難民認定申請をしている者は1600人強、前科を持つ者は1100人強だ。強盗、性犯罪のほか殺人(8件)まである。難民申請中の420人ほどが前科を持っている。
送還忌避者のうち収容されているものは80人ほどで(だから「全件収容主義」と言うのは事実でない)、残りの2500人強は仮放免状態にあるが、仮放免後に逃亡して行方不明になった者が600人もいて、その数は増えている。
このような外国人を帰国するまで何年も収容すれば人権侵害だと批判される。かといってそのような者に日本在留を認めることは、国境管理の根本を揺るがすし、大半の国民はそれを是としないだろう。
加えて、イランのように送還を拒否している自国民の引き取りを拒否する国があり、そのような場合、送還はほぼ不可能だ。日本人との婚姻や本国が動乱の中にあるというような特別な場合には、特別在留許可を出すという道もあるだろうが、それも世論が受け入れる限りにおいてのみ可能だろう。
実は退去強制処分を受けた不法移民を出身国が引き取らない問題は日本だけの問題ではなく、欧米諸国はもっと頭を悩ませている。添付の論文は、ノルウエー社会調査研究所が引き取り拒否の理由を調査したもの。グーグル翻訳を使えばすぐ読める。
アメリカは毎年20万人以上を国外退去処分にしているが、2020年にはその18%のみが実際に出国している。退去処分を受けながらアメリカに留まる外国人は120万人にのぼる。EU諸国でも、2015年から19年の間に出国命令を受けてEU域外の国に帰国した者は19%のみだった。帰国しない者は膨大な数になるから全員を収容することは不可能で、多くは解放されるかそもそも収容されず、結局は不法滞在者になる。
ちなみにアメリカの不法移民は1100万人以上、EU諸国のそれは500万人前後と推定され、国境管理は破綻していると言えるが(日本は6万人前後)、その一因は退去強制処分を受けた自国民の引き取りに協力しない国があることだ。
なぜそのような国が出てくるのか?法律的に言えば出身国には自国民を引き取る義務があるが、それが実行されないことには政治的、経済的、文化的理由があるのだという。例えば、自国民による送金が減ること、犯罪経験者が帰国することに伴う安全保障上のリスク、自国民民かどうかの確認が必ずしも容易ではないこと、強制送還者の引き取りは国のメンツをつぶすこと、さらに単なる官僚主義的な手続きの遅れ、などだ。
その対策だが、アメリカのように自国民の引き取りを拒否する国を公表して圧力を加える、その国の国民へのビザ発給を制限するさらに、送還者の引き取りをODA(政府開発援助)供与の条件とするなどがあるという。
この調査は、引き取り拒否問題を解決するには、単に出身国に対してアメとムチを用いるのでなく、自国民の引き取りが自然で、正当であり、期待されていることを相手国に納得させる「構成主義的な」手法が必要だと結んでいるが、それは「言うは易く行うは難し」の処方箋だろう。
「送還忌避者」の問題は、国家の権利と外国人の人権を比較衡量する問題、国内政治的な問題だけでなく、外交問題、国際政治の問題でもある。
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