読売新聞の記事、柳瀬氏、吹浦氏は1980年前後に日本における難民支援活動を立ち上げた先達であり、40年の経験から得た考察は重みをもつ。
両氏とも、5月の入管法廃案を残念がっているのだが、もっと残念なのは、5月14日にいったん与野党が合意した修正案が、野党がスリランカ女性ウイシュマさん事件のビデオ即時開示に固執したために流れてしまったこと。与党は会期末を控えて譲歩を余儀なくされたのだが、それを見て勢いづいた野党は「撃ち方止め」の判断を誤った。
当初の法案には在留特別許可の審査を難民審査から独立させる、「補完的保護」を導入する、就労を可能にする管理措置の導入などの改善点があったが、修正案はさらに身柄収容の上限を6か月にする、退去強制命令違反に対する罰則の引き下げるなど、野党側の要求10項目の内8項目について修正を受け入れたものとなっていた。
入管当局としてはこの修正案にはかなり危機感を抱いたようで、修正案よりはむしろ廃案の方が良いという関係者もいたようだ。修正案ですら通らなかったとなると、入管当局が新たな改正案を出してくるかは疑問だ。コロナで外国人の入国は激減し難民申請も大きく減るなど、「問題の規模」は小さくなっている。再提出の場合は自民党の法務部会あたりからの巻き返しも予想される。法務省・入管庁はあえて「火中の栗を拾う」ような事は当面はしないのではないか。あるとすれば、運用のレベルで(修正)改正案の内容を反映するということかもしれない。
野党が次期衆院選で議席を増やして、議員立法で新しい入管法ないし難民法を衆参両院で通すだけの力を持つシナリオも現実的でない。そもそも野党には入管・難民問題にコミットした議員は少ない。
一番の「リスク要因」は、開明派で知られ、初代長官として入管の改革を率いてきた佐々木聖子長官が、すでに在職2年半近くとなり、それほど長くはポストに留まらないだろうということ。後継の長官が同じく開明派に属するとは限らない。
長期収容だけでなく、難民申請を盾に取った送還忌避など課題の多い入管法は、この先数年は現行法のまま続く。「政局」を狙った野党は、個別事件のビデオ開示にこだわるという近視的判断から立法上の好機を逃し、「盥(たらい)の水とともに赤子を流し」てしまった。
今回の廃案で一部メディアの果たした役割は大きい。ウイシュマさん死亡事件だけを大きく取り上げて「入管法改悪」反対運動を煽ったメディアは、今どう考えているだろうか。
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