12月12日の移民政策学会2021年冬季大会の中心テーマは難民認定制度と入管収容制度。「難民インタレストグループ」での難民制度改革についての入管庁難民認定室長による報告のほか、メインシンポジウムでは阿部浩己先生の国際人権法の発展と展開にかかる歴史的・大局的な報告、40年に亘って入管問題に携わってきた入管庁警備課長の現場からの視点、新津久美子さんの欧州諸国の収容政策についての興味深い報告があった。政策担当者とアカデミア、支援関係者が一緒に議論できるのは学会だからこそ。
収容問題については欧州諸国、特に英国の政策や施設が人権を重視した好例として取り上げられるが、バラ色の話だけではない。もともと英国は就労規制が緩いうえ、外国人住所登録や身分証明書の携帯も必要でない。しかも非正規(不法)滞在の移民や難民申請者でも無料の医療サービスを受けられるから、就労を目指す外国人には理想の国だ。
英国内の労働力不足に加え、中東・アフリカ諸国の政治経済的混乱や旧植民地との繋がりゆえに多くの外国人が非合法に入国してくる。いったん出来上がった移民コミュニティーを頼りにさらに多くの非合法移民が押し寄せる悪循環(連鎖移民)がある。
フランスからドーバー海峡を密航業者の手配するゴムボートで英国に密航した移民難民の数は今年だけで2万8千人を超えた。11月には密航中のボートが転覆して27人が死亡して問題になったが、認知されない死者も多数いるだろう。
それほどの多くの不法入国者を「全件収容」することは物理的にも不可能だから、大半は収容されず、収容されても数か月で解放される(ちなみに英国には収容期限の上限や収容に当たっての司法審査はない)。収容施設にはテレビやPCがある、といった「目に見える処遇」は日本の入管の厳しい処遇と比較されるが、退去を命じられた者の半数は送還されるものの(他の欧州諸国への送還もある)、残り半分は送還を逃れて地下に潜り非正規滞在者(不法移民)になる。こういう「目に見えない実態」も知るべきだ。
結果、人口6700万人の英国には推定で80万人から120万人(日本の人口で計算すれば150万人から225万人)もの非正規滞在者がいる。重要なのは、このような状況が反移民・反難民感情を訴えるポピュリストの台頭を生み、英国のEU離脱の一因となったことだ。
反移民難民の流れは英国だけではない。デンマークはシリア難民の強制送還を始めた。ポーランドもベラルーシが送り込んでくる中東の移民・難民を国境で追い返し、難民条約を公然と破っているが、EU諸国は目をつむっている。
1100万人の非正規滞在者がいるアメリカでは、バイデン政権の寛大な移民政策に期待した移民・難民が今年だけで200万人もメキシコ国境に押し寄せて混乱が続く。来年の中間選挙で民主党が敗れるとすれば、その一因は混迷する移民政策だろう。
移民難民政策のカギは「外国人の人権」と「国家の安全」のバランスを取ることにあるが、それは至難だ。人権擁護を理念とする欧州諸国はシリア難民などを大量に受け入れた。それは一時的には喝采を浴びたが、無秩序で大量の流入は結果的に受け入れ国社会と政治に、さらに国際関係にも分断と対立を持ち込んだ。
今では欧米諸国で「外国人の安全」に代わり「国家の安全」や「国境管理」を前面に出した移民難民の排除と締め出しが進んでいる。その結果はリビアやトルコ、レバノンなど中東地域やメキシコなどで行き場と人権を失ったままの数百万人の移民難民の存在だ。今日、本当に深刻な移民難民問題は、北側先進国ではなく南側の国に滞留する移民難民の存在なのだ。
地理的孤立に加えて日本の入国・在留管理は厳格で、1億2500万人の総人口を持ちながら、非正規滞在者の数は7万3千人(在留外国人総数の2.5%ほど)と世界的には異例に少ない。したがって社会不安は起きない。日本が「外国人の人権」より「国家の安全」を重視してきたためでもあるが、入国在留管理ができない欧米諸国は羨ましがるだろう。トランプ前大統領などは「日本の入管政策は素晴らしい」とほめている。
しかし、より多くの外国人の受け入れが不可避となった今後の日本は、欧州諸国とは逆の方向でのバランスの修正(=人権重視)が要る。その際の原則は欧州やアメリカの機能不全の移民政策の部分的なコピーではなく、「移民にかかる国連グローバルコンパクト」とその理念である「安全で秩序ある合法的移住」だろう。順法意識の高い日本社会にとってそれは特に重要だ。
収容問題は、国民の意識や難民制度を含めたより大きな文脈の中で考える必要がある。
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