戦争や武力紛争を逃れた人々は1951年の難民条約に言う難民にあたるか、などを綿密に論じた橋本先生の好論文。より具体的には、780万人のウクライナ避難民は条約難民か否か、さらには来日した2200人以上のウクライナ避難民(や数百人のアフガン避難民)をどう処遇すべきかという議論にも参考になる。
コメントを付け加えると、一言で言えば、ウクライナ避難民の大半は51年条約難民には当たらない。51年難民条約が戦争や武力紛争を逃れてくる多数の人々を想定していなかったことは明らかだ。その限界を超えるため、1969年のOAU難民条約や1984年の中米のカルタヘナ宣言は、51年条約の難民の定義に加えて、戦争や武力紛争を逃れた人々も難民であるとした。だから、ウクライナ避難民がアフリカ諸国で難民認定申請すれば、認定される可能性が高い。
51年条約の(拡大)解釈では救えない「紛争難民」や「戦争難民」を救済するために、難民条約を補完する形で「補完的保護」や「一時的保護」といった法的な仕組みがUEを中心に作られてきた。EU諸国はウクライナ避難民(戦争難民)を「補完的保護」ではなく「一時的保護」の形で庇護している。
UNHCRの難民認定基準ハンドブックや国際的保護に関するガイドライン12号も、戦争や紛争を逃れてきた者は、それだけでは難民ではない(ほかの理由があれば可能性がある)としている。
日本に来たウクライナ避難民は全て条約難民だ、と主張する人々がいるが、それは上記からも誤り。そもそも、難民かどうかは、難民認定申請をした一人一人について審査した上で決まる。2200人を超える来日ウクライナ避難民のうち難民認定申請をしたのは去年の秋の時点でわずか5人だけだ。認定申請もしていないのに法務大臣が一方的に難民認定証明書を出すわけにはいかない。
そもそも、ウクライナ避難民は大半が父や夫をウクライナに残して来ており、家族分断状況にある。戦争が終わればほとんどが帰国するだろう。定住や永住を前提にした難民とは性質が異なる。
現時点で来日ウクライナ避難民は「特定活動(1年)」という極めて不安定な在留資格で在留している。法務省は入管法を改正して「補完的保護対象者」という枠組みを導入する。補完的保護の制度の新設だが、それは8年以上も前に出入国管理政策懇談会の中の「難民問題にかかる専門部会」が提言した事項の一つだ(同専門部会には日本弁護士会の代表も入っている)。
ちなみに、入管法を改正するなら、「補完的保護」だけでなく「一時的保護」の制度化も望ましい。「一時的保護」は、武力紛争などから多数の人々が避難して来た場合に、とりあえずは庇護するためのものだ。2200人のウクライナ避難民や、8000人を超えるミャンマー緊急特別措置の対象者、数百人のアフガン退避者など総数1万人以上は、実質的には「一時的保護」の下にあるが、「一時的保護」の制度はないから、その地位は不安定で権利も明確でない。
補完的保護の制度化(さらには一時的保護の明確化)は重要な難民政策の変更だが、そのあるべき内容についての冷静な議論はほとんどない。(一部)メディアが取り上げるのは収容と強制退去問題だけだ。
議論不在の一因は、自分たちのと違う見解に対して個人攻撃的な批判を集中させる人々の存在。それは議論を委縮させる。法務省(入管庁)が積極的に法案の背景説明をしないことも理由の一つだ。そのようなゆがんだ言論空間の中で価値ある論文。掲載誌はアマゾンで買える。
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