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1、世界の難民の実情の紹介
2、世界の窮状と地域住民・避難民への理解と認識を深めるための広報活動
3、難民の長野県内への受け入れ
などの活動を通して人道支援と国際貢献することを目的にしています。

そのために、私たちは、国連UNHCR協会(難民高等弁務官事務所の日本事務所)とUNHCRの指導を仰ぎ、その活動に協力していきます。


前国連高等難民高等弁務官事務所日本代表の滝澤三郎氏は、日本人で初めてこの職に就いた人でしたが、長野県坂北村出身でした。
長野県内の中学や高校の同級生が滝澤三郎氏の活動に共感し、最終的には長野県への受け入れも視野に入れた活動をしていこうということになったのが発端です。


滝澤三郎

個人的なことになりますが、私は、アメリカ留学の後、スイスやオーストリア、ヨルダン、レバノンの国連で26年間働いてきました。
仕事の多くが難民支援でした。
その中で感じたことのひとつが、紛争や迫害をのがれて故国から逃げてきた難民たちの前向きな姿勢です。平和で安全な日本では想像もできないような、不安と不自由さが支配する難民キャンプの中でも、子供たちには夢がありました。
タイの難民キャンプにいた高校生ぐらいの歳の女の子は、「私はいつか祖国ミャンマーに帰ったら、社会の指導者になりたい。」と話していました。
ウガンダの難民キャンプからスーダンに家族と帰ってきた13歳の女の子も印象的でした。キャンプで彼女が物心ついたときにはすでに父親は亡くなり、母親は「将来のために一生懸命勉強するのよ。」といつも言っていました。
女の子は勉強が好き、でも毎日近くの山で薪を拾っては5キロほど離れた市場まで売りに行きます。そうするとそれは約50円になるのです。兄や姉も同じように家計を助けました。でも貧しいため年間5,000円ほどの授業料を払えず、彼女は一年休学して今も小学校5年生です。「将来何になりたいのと聞く私に「お兄さんは先生になりたいというし、お姉さんは看護婦になりたいそうです。私の友達もみんな夢を持っています。私はそういう人たちが夢を実現できるよう強く祈るために、修道女になりたいです。」と答えました。小学生にして人のために祈っていきたい、という少女の言葉に私は胸を衝かれました。
さて、世界には難民が1000万人以上いますが、日本にはほとんど来ていません。1981年に日本が難民条約に入ってから昨年までの26年で451人が難民として受け入れられただけです。長野県にはいないかもしれません。このため日本は「難民鎖国」をしている、と世界から思われています。
日本が紛争地から遠く離れていること、政府の難民認定手続きが厳しいこと、また難民に限らす外国人への差別があるからでしょう。幸い最近は政府も難民の受け入れに前向きになり、受け入れられる難民の数も少しずつ増えています。


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